鍛冶屋日誌 長野の薪ストーブ

八ヶ岳の静かな森の中で聞こえる音は、鍛冶屋小屋からの音だけです。 そこでささやかな道具を使い、ひとつひとつ薪ストーブや鍛鉄で手すりや門扉を製作しています。 私が作ったストーブ等ををご紹介したいと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

私がクッキングストーブを作ったきっかけ

金属を、特に鉄を素材とする物造りや工事を長い間していると、今作っているもの以外に
「何かもっと違う自分らしい物を作ってみたい」、という欲求にかられてしまいます。
その一つが薪ストーブでした。今度ここで紹介するクッキングストーブは 、3号機となります。

DSCN0202.jpg

私自身、酒飲みの食いしん坊で、暖かくなるとよく自宅庭で焚き火をし、焼肉や燻製をしたり、
春や秋は山で採った山菜やきのこ鍋を焚き火で作ったり、ときには焚き火の炎を肴に酒を飲みながら
友達と語ったりしています。「 炎のある暮らしっていいなー」とつくづく思うひと時です。
そんなある日、仕事も終わり事務所のストーブの前でビールを飲みながら
いろいろストーブの話をしました。そしてストーブの思い出話。

?ここからそのおおよその内容?

わたしが幼少のころ田舎(北海道)の冬の暖房はほとんどの家が
薪ストーブでした。親父は秋口から自分で作った薪きり機で原木の玉切りの仕事を
していました(丸のこのお化けみたいなやつ) ストーブはそんな高価な物ではなく
たいていは時計ストーブと呼ばれているもので 、ストーブトップが何重ものわっぱに
なっていて、鍋の大きさによりそのわっぱで調整する暖房兼調理ストーブです。
そして煙突の排熱を利用するため、ストーブのすぐ後ろに湯沸しが付いていました。http://www.museum.hakodate.hokkaido.jp/collection/rekishi/12_15_01.html
この湯沸しは板金屋さんに頼んで作ってもらいます。煙突なんかも板金屋さんが作っていました。
昔の職人は頼めば何でも作ってくれました。 ほんとの意味での職人です。
(私もそのような職人をめざしたい)

毎日、母 はそのストーブで料理を作りました。朝は味噌汁や前夜の残り物を温めたり、
昼は大鍋でジャガイモを煮たり、 ストーブトップに新聞紙を敷きイカの塩辛を焼いて
芋といっしょにたべたりする。
夜はカレーや三平汁、すいとん、たまにはジンギスカンなどの
焼肉を大汗をかきながらやったりもしました。
親父は晩酌に湯沸し器で熱燗を付けるのが楽しみでストーブでいわしやほっけを
自分で焼いて、一杯やっていました。
燃やしすぎると側面がポーと赤くなりストーブ自身に表情 があったり、寝る前に
あんかの豆炭をおきでやいたりと・・・・・その役割は計り知れません。

DSCN0013.jpg

ストーブの周りにはいつも家族がいました。そして、笑顔がありました。
凍てつく北の冬には眺めるだけのストーブは必要なく、あくまで実用的で暖かく
煮炊きが出来るストーブが必要だったのです。
そんな昔のストーブの思い出話をしていました。(時計ストーブは今でももちろん健在です)

?ここからプロジェクト?

単純な私は話をしてるとなんだか自分のオリジナルのクッキングストーブが
作りたくなった。2号機との合作で作った。しかしこれは私が作ろうと
思っていた物とはちょっと違うものとなってしまった。失敗だった。今は
オブジェとなっていい感じになってしまった。

月日が流れ今年ある人物との出会い が私の職人魂に火がついた。
「世界一のストーブを作ろう」この一言が中年のおっさんの何かのスイッチが
押された。

まづはコンセプト を洗い出した。
・9mm、6mmの鉄板がポーと赤くなるまでがんがん燃やせる頑丈なやつで
・ストーブトップは直火で調理が出来て、鳥一羽が焼けるオーブンも付いたやつを。
・それと私の従来通りのストーブの機構で熱効率を重視し扉のガラスは曇りにくくする。
・クッキングストーブ=重い、スペースを取る、高価、この3重苦の解消
・自分で煙突工事やストーブ設置をやってしまいたい行動派のために 組み立て式にする
 ( いつか引越しする場合にもこの機構は非常に便利 、愛着のわいたストーブも一緒に)


このコンセプトのもと従来機種との合作ではなく単体としての
クッキングストーブは製作開始された。 (小声でプロジェクトX)

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。